光 塗人 の デジタル フォト グラフィック アート (DIGITAL PHOTOGRAPHIC ARTWORKS)

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2015年 07月 05日

旅の思い出―音楽の都ウィーン・ザルツブルグと千年の古都プラハ(45)

2001年6月、オーストリアとチェコを旅しました。
その時、撮ったフィルム写真をフォトアレンジメント(フォトデザイン)しデジタルフォトアートにして掲載しています。紀行文は、家内が書いていた「淑子のヨーロッパ紀行・・音楽の都ウィーン・ザルツブルグと千年の古都プラハ」より転載しています。

プラハ (2)
6月23日(土)晴れ
午前中はプラハの市内見学、午後はOPでボヘミアの古城に行く予定である。
チェコの面積は日本の約5分の1である。首都プラハがあるボヘミア地方は、約3分の1が森林地帯である。ヴルタヴァ川沿いにプラハの町はある。四季がはっきりとしていて平均気温は、夏でも17度と過ごしやすいが、冬は-1.5度と、かなり冷え込むらしい。
公用語はチェコ語であるが年輩者はドイツ語を話せる人が多い、英語もよく通じる。
-1000年の時を静かに刻むプラハ城は9世紀にボジヴォイ王によって建てられた。ヴルタヴァ川を見下ろすフラッチャニの丘に建っている。王宮と三つの教会と修道院が建ち古都プラハの象徴である。城は何回も改修され1541年の大火災で被害を受け、ルネサンス様式で大改造をした。その後、聡明かつ学問にも優れたボヘミア王カレル1世(神聖ローマ皇帝カール4世)が君臨した14世紀に現代の形が整った。このころ「黄金のプラハ」はパリやロンドンを凌ぐ大都市へと発展していった。ルドルフ2世の時代は隆盛を極めていたが、ウィーンを本拠とするハプスブルグ王朝になると衰退していった。1918年以降は共和国大統領邸となっている。-タビト 参考-
プラハ城の城門北入口で直立不動の衛兵と記念写真を撮って中庭にはいる。
聖ヴィート大聖堂のずっしりとした建物の2本の尖塔を仰ぎ見て、その荘厳さに圧倒される。正面入口の上部には天地創造を表した大きなバラ窓が見られる。天井はゴシック様式の装飾で蜘蛛の巣のように対角に結ばれている。聖ヴァーツラフ礼拝堂には聖書と聖人伝から題材を取ったゴシックのフレスコ画が壁面を覆い、磨かれた宝石と黄金がちりばめてあり、全てが芸術品である。ヴァーツラフは血族の争いで弟に惨殺された悲劇の王子である。外に回って黄金の扉を見る。19世紀まではここが聖堂の正面入口であった。

デジタルフォトアート
(画像をクリックすると大きくなります。)
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聖ヴィート大聖堂(正面)(2001.6.22撮影)
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聖ヴィート大聖堂(黄金の扉)(2001.6.22撮影)
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ステンドグラス(正面)(2001.6.22撮影)



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by photopainter | 2015-07-05 15:21 | 旅行記 | Comments(0)


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